いい結婚式だった。
朝、アネキに6時に起こされて寝ぼけ眼のままベッドから降り、タバコに火を付けた。この日1本目のタバコをゆっくり吸う。3月19日がゆっくり始まる。
コーム、ブラシ、ダッカール、ワックス、ピン各種。
体の細胞をひとつずつ起こしながら、アネキの髪を手早くまとめていきアップスタイルにする。
それが終わったらサンドイッチを口にほおばり、少し時間を置いてから今度はお袋の髪を留袖様に結い上げていった。
朝風呂に入り、やっと体がちゃんと目を覚ました。スーツに着替え、自分の髪をセットし、アネキと共におじいちゃんを迎えに行く。そのまま式場の「平塚サンライフガーデン」へ。
正月以来、親戚一同の顔が揃う。心なしみんなソワソワしながら時間が来るのを待っている。
さぁ、役者が揃った。
3階の親族控え室に行くと、先に式場に入っていた妹がウエディングドレス姿で待っていた。少しはにかみながら。
純白のウエディングドレス。
間違いなく今まで見た妹の中で俺が記憶する限り、1番であろう。
新郎のてっちゃんに挨拶し、程なくし親族紹介。一通り形どおりに進んでく。
「森田恵里の兄、森田雷蔵です。宜しくお願いします。」
親族紹介が終わり、一旦新郎新婦と別れ、別館へと移動。親戚達とウエルカムドリンクを飲み、呼ばれるまで待つ。
「大変お待たせいたしました。これより会場へとご案内いたします。」
チャペルに入り、先頭の席まで行き、腰を下ろす。その時を、妹の人生で1番輝く時を待つ。
まずは新郎の入場。タキシードに身を包んだてっちゃんがやや緊張した、しかし精悍な面持ちでバージンロードをゆっくり歩いてくる。そして立ち止まる。
そして。
恵里が親父と共にバージンロードをゆっくり、かみ締めるかのように歩いてくる。
ものの数十メートルに妹は20年の人生を、親父は56年の人生を思い浮かべながら。
今まで親父が泣いた事なんて1回、あるかないかだ。初めは親父がいつ泣くか笑いながら見ていた。いざ親父が恵里の手を取りバージンロードを歩いている姿が目に映った瞬間、俺は泣いていた。
顔は笑っているのに涙が止まらない。
みんなの前でなければ俺はもっと号泣していたに違いない。悲しい涙でもなく、かと言って嬉しい涙でもない。こんな泣き方は初めてだ。
ただ、ただ泣いた。
絶対泣かない自信があった。恵里が「今日、入籍してきたよ。」と言った時もそんなに感動はなかった。
しかし、だ。この時は、この瞬間だけは・・・。
兄弟の中でも少し歳の離れた妹。俺やアネキが親父と出掛けたりしなくなった時に親父と二人で遊びに行ってた恵里。きっとその時の親父の心境が分かるのは俺が親父になり、自分の娘が結婚する時だろう。
3月19日。きっとこの日は神様が恵里の為に用意した日。
恵里。きっとこの先いろんな事があるだろう。嬉しい事。怒る事。悲しい事。嬉しい事。
もうお前はてっちゃんの妻だ。多少の事には目をつぶれ。お袋がそうである様に。でも、どうしても我慢出来ない様なことがあったらいつでも帰って来い。俺達は家族だ。お前が妻であっても、それは変わらない。血を分けた兄弟だ。ただ、お前も簡単な決意で結婚した訳じゃあるまい。その決意、見届けてやる。どうせなら思いっきり幸せになって来い。それが兄として俺が言える手向けの言葉だ。恵里、いい結婚式だったぞ。おめでとう。